大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所岩国支部 昭和33年(ワ)138号 判決

原告 鵜飼喜一郎

被告 山口県

主文

本件原告の請求はその原因がある。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四百五十万円と之に対する昭和三十一年十月十日以降完済迄年五分の割合による金員とを支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因中、民事訴訟法第百八十四条所定の請求の原因として、

原告は昭和三十一年春徳山市幸町に映画館一棟(鉄筋コンクリート造二階建、建築面積八百五十五平方米-以下本件建築物という)を建築することを計画し、一級建築士である二村四郎及び砂畑重雄に右建築物の設計監理並びに建築計画の確認申請手続を委任し、同人等は右建築物を共同設計した上、同年七月十二日、被告山口県建築主事上野誠明に対し建築基準法第六条による確認申請をした。そして同主事は同月十三日右建築計画を確認しその旨原告に通知したのである。そこで原告は直ちに建築工事に着手し、之が進行中同年十月十日に至り、右上野は右設計に瑕疵があることを発見し、それを理由に右確認行為を取消し工事の中止を命じた。よつて原告はその時迄の工事による既成部分中主要部分を取壊して除去し、新たに設計及び工事をやり直したのであるがそのため金四百五十万円の損害を被つた。この損害は被告山口県の公務員たる上野が職務上相当の注意を払うことにより容易に発見し得べかりし設計上の瑕疵(強度計算の誤り)を不注意により看過した過失による違法な確認行為に起因するものであるから国家賠償法第一条により県に対し右損害の賠償を求める。なお建築基準法第六条の確認行為は建築主事がその計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びに之に基く命令及び条例の規定に適合するものであるか否かについて職務上判断してなす一の許可処分であつて被告が主張するように単なる助長行政の一種ではなく又法に適合すれば確認しそうでなければ確認すべからざるものでその間裁量を容れる余地がないから一の覊束行為であつて被告が主張するように自由裁量行為ではない。故に誤つてなされた確認行為は単に不当であるにとどまらず違法である。

次に被告は原告が被告に対し本件確認行為をなすよう強要したかの如く主張するがその事実はない。原告は二村名義の設計図書を提出し速かなる確認を要請しただけであつてその故に建築主事が法で定めた調査義務を怠つてよいことにはならないと陳べ、右請求の原因を立証するため、甲第一、十五、十六、各号証を提出し、証人三浦俊郎及び同土井秀邦の各尋問を求めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の請求の原因に関する主張に対する答弁並びに抗弁として次の通り陳べた。

原告主張事実中、原告がその主張の映画館を建築することを計画し被告県建築主事上野誠明に対し右計画の確認を申請し、同主事が之を確認した事実、及び原告が既成工事の主要部分を除去し、新たに建築し直した事実を認め、原告が二村四郎に設計監理を委任したこと及び同人が設計図書の作製に関与したことを否認する。又原告の提出した設計図書に構造計算を誤つた瑕疵があつたことを認めるが被告県建築主事はその事実を発見するや昭和三十一年十月十八日原告に対しその旨通知し、既成工事の一部取こわし、一部補強を勧告したのに原告は右勧告の範囲を超えて既成工事の主要部分を除去したのであつてこの事実に反する原告の主張を否認する。

建築主事上野が設計上の瑕疵を看過して原告提出の建築計画を確認したことは事実である。

しかし、

一、(イ) そもそも建築基準法第六条による建築主事の確認行為は公共の福祉増進のための助長行政の一種に過ぎないから国家賠償法第一条にいう公権力を行使してなされるものではなく、

(ロ) 建築基準法は建築物を建築するに当つてはその構造耐力は安全なものでなければならぬとの一般的基準を示すのみで構造計算の方法については何らの規定を設けていない。従つて当該建築物の構造耐力が安全なものであるか否かの認定は建築主事の自由裁量に委ねられているのである。而して本件の場合上野は自由裁量の結果本件建築計画を構造耐力の点において安全なものと認め、本件確認行為をしたに過ぎないのであるからその行為は不当ではあつても画家賠償法第一条にいう違法なものではない。

以上(イ)(ロ)の理由により建築主事上野のなした本件確認行為は国家賠償法第一条所定の公共団体に賠償責任を負わしめる原因となる公務員の行為に当らないから同条により被告に対し損害の賠償を求める原告の請求は失当である。

二、本件確認申請書は設計者及び工事監理者を二村四郎と表示しており、且つ原告は上野に対し、右二村の設計にかかるもので間違いがないから直ちに確認せよと強要したのであるが、実は同人は本件建築物の設計監理には全然関与していないのである。然るに原告がこの事実を隠蔽し恰も二村が設計したものであるかの如く装つた所以のものは同人が中国地方において著名且つ信用ある一級建築士である事実を利用し被告をして本件設計の完璧を信じ、詳く調査することなく確認行為をなさしめようとしたことにあるのであつてこの事実に徴すれば原告は自ら瑕疵ある設計をなし、且つ自らの行為によつて被告建築主事をして右瑕疵の存在を看過せしめたものであるから右看過に基く損害の発生については原告自らその責に任ずべきであつて之を他に転稼することは許されない。よつてこの点からするも原告の本訴請求は失当である。

又、原告は前記の如く被告の勧告を無視し、不必要に既成工事の主要部分を除去したのであつて右不必要な除去によつて被つた損害については被告において之が賠償の責に任ずべき限りでないと陳べ、立証として証人上野誠明の尋問を求め、甲第一、十五、十六各号証の成立を認めた。

理由

原告が昭和三十一年春徳山市幸町に鉄筋コンクリート造二階建建築面積八百五十五平方米の映画館を建築することを計画し、被告県建築主事上野誠明に対し右計画の確認を申請し、同月十三日同主事が建築基準法第六条に基き之を確認してその旨原告に通知したこと右申請書には設計者及び工事監理者を二村四郎と記載してあつたこと、及び右建築計画には設計上構造計算を誤つた瑕疵があつたことは当事者間に争がない。而して証人上野誠明の証言によれば右瑕疵は計算グラフの使用を誤り又床面積の一部の計算を脱漏してなされたために生じたものでこの瑕疵のため、梁の断面積と鉄筋量とが所定の構造耐力を維持するに足らずそのまま建築すると震動か荷重がかかつた場合天井がたるむ結果を生ずるものであつたことを認めうる。にもかかわらず右上野主事が右建築計画を確認した訳は当時山口県建築課においては確認申請書添付の設計図書が信用ある建築士の作成にかかるものである場合には構造計算が適正であるか否かの審査を省略して確認する取扱となつており本件の場合設計者として表示された右二村は信用ある建築士であつたので右取扱に従い構造計算の審査を省略したことによるものであることも亦右上野の証言により認めうるところである。

一、そこで先ず上野の右確認行為が過失に基くものであるか否かを判断する。

本件建築物は建築基準法第六条第一項第三号所定の建築物に該当するから同法施行規則第一条により確認申請書には構造計算書を添付することを要するのである(同条第六項は申請にかかる建築物の工事計画が建築士の作成した設計図書によるものである場合においては特定行政庁は構造計算書を添えることを要しない旨規定することができるとするが、山口県においては当時右の免除規定を設けていなかつたことは前記証人上野が証言する通りである)。既に構造計算書を添付すべきものであり、且つ添付されている以上建築主事はその構造計算が法令の規定に適合するかどうかを審査する職務上の義務を有するのであつてこの義務に違背し、構造計算の瑕疵を看過して確認した場合には当然過失の責に任ずべきである。

前認定の信用ある建築士の設計にかかる場合には右の審査を省略する取扱の如きはひとり山口県建築課内部の取りきめたるにとゞまり何らの対外的効力を有するものではないから、之により建築主事の県に対する責任を解除することはできても第三者たる建築主に対する責任を解除する理由とはならない。

よつて建築主事上野のなした本件確認行為は職務上の義務に違反した不法な過失に基くものといわなければならない。

二、次に被告は確認行為は公権力の行使に当らず、又その誤りは違法とならない旨主張するからこの点につき判断する。

建築基準法第六条所定の建築主事の確認は地方公共団体の機関である建築主事が、当該建築計画が建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令に適合するものであることを公権的に判断確定するものであつてそれは正しく行政庁が具体的事実について公権力の行使として何が法であるかを宣言し、法律的規制を加えるところの一の準法律行為的行政行為である。

又当該建築計画が適法なりや否やを判断するについては法令に詳細な客観的規準が示されている(構造計算については建築基準法施行令第八十一条以下)のであるからこの規準に違反してなされた確認行為は単に不当であるにとゞまらず違法である。

よつて建築主事上野のなした本件確認行為は公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについてなした違法な行為といわなければならない。

三、被告は原告主張の損害は原告自身の過失に基くものであると主張するからこの点につき判断する。

建築基準法第二十条第一項は建築物は自重、積載、荷重、積雪、風圧、土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造でなければならないと規定し、更に同法施行令第三章は構造耐力上安全を確保するための各種の条件を規定している。

又同法第二十条第二項は設計図書作成に当つては構造計算によつてその構造が安全であることを確めなければならないと規定し、その構造計算の方法については更に同法施行令第三章第八節に詳細な規定を設けている。

これらの規定は建築物の設計に当り、その設計者の義務を定めたものであるからもし設計者においてこの義務に違背し、構造耐力上瑕疵ある設計図書を作成した場合にはそれによつて生ずる結果については先ず設計者が過失責任を負うべきである。

本件の場合証人三浦俊郎の証言と弁論の全趣旨とを総合すれば設計図書を作成した者は砂畑重雄であり同人は原告の委任を受けたものであることを認めるから右の責任を負うべき者は対外的には原告自身である。

この観点に立つならば原告主張の損害は原告自身の過失による設計上の瑕疵と被告県建築主事上野の過失に基く確認行為とが競合して発生したものであり、而もそのいずれの過失がより強く責めらるべきかを問うならば勿論前者を以て強しとしなければならない。蓋し法は先ず設計者に対して安全性確保の直接的義務を課し次いで建築主事に対して右義務が履行されているか否かを審査する後見的義務を課しているのであつて安全性確保の目的から見るときは後者は前者に比し間接的意義を有するに過ぎないからである。

加之、原告が砂畑をして本件設計図書を作成せしめながら確認に際しては之が作成者を信用ある一級建築士二村四郎である旨偽り申請しこの不法なる申請が建築主事をして構造計算の審査を省略し、本件違法な確認行為をなすに至らしめた原因をなすこと、前認定により容易に論断し得ることを斟酌するならば、損害発生に対する原告の責任は益々重きを加えるものといわなければならない。

とはいえ不法行為を原因とする損害賠償については被害者の過失が如何に大であつてもそのため行為者の責任を無に帰することはできないのであるから原告の右過失は賠償の額を定めるにつき大いに斟酌されるにとゞまり之により被告の責任を解除するものではない。

尤ももし原告側に事前に設計上の瑕疵を知りながら之を隠蔽したとか、又は被告が主張するように建築主事を強要して確認行為をなさしめたとかいうような強度の不法行為が存するならば結果に対する責任はすべて原告が負うべきである。それは信義則上当然の帰結といわなければならない。しかし本件の場合原告が右瑕疵を事前に知つていたことの証拠はなく、又原告の建築主事に対する催促がかなり急であつたことは証人上野の証言により認めうるけれども同主事の意思を強制する程のものでなかつたことも亦同証言により窺い知ることができるのであるから結局すべての責任を原告に帰せしめるような強度の不法行為はなかつたものといわざるを得ない。

四、最後に本件確認行為により原告が必然的に損害を受けるべき事情があつたか否かについて判断する。

証人上野の証言によれば建築主事上野は本件確認行為後設計上の瑕疵の存在につき疑を抱くや直ちに構造計算を開始し、他方工事現場に臨んで検査した結果このまゝ工事を続行せしめるべきでないと判断し、右構造計算の結論が出るまで工事を中止するよう原告に勧告したことを認め得る。而して設計に瑕疵がある以上原告としては新たに設計をし直さなければならないことは自明の理であり、又既成工事の一部を取こわし一部を補強する必要を生じたことはその主張に照し被告の自認するところであるから原告は右設計のやり直し工事の一部取こわし等により必然的に損害を受けるべき事情にあつたものといわなければならない。

なお原告が不必要に既成工事を除去したことによる損害については被告に責任なしとの被告の主張は右損害の原因を争うものと解すべきであるがこの点に関する審理判断は後に数額の点について審理判断する際にゆずり、本判決においては触れないこととする。

以上認定するところにより被告県建築主事が公権力の行使たる確認行為をなすにつき過失によつて違法な確認行為をなし、そのため原告が損害を受けるべき事情にあつたことまことに明白であるから原告の本訴請求はその原因がある。

よつて民事訴訟法第百八十四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江教夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例